私にとっての平成

私にとっての平成

今年51歳の私にとっての平成はどんな時代だったのか?

とりとめもなく振り返ってみます。

昭和の終わり、就職、そして結婚

大学生の頃、美空ひばりが亡くなり、手塚治虫も星になり、天皇崩御で昭和は終わりました。

昭和の終わりは、そのまま私にとっての、しあわせな少女時代の終焉でした。

平成を迎えて、その後、大学を卒業し、就職、結婚、出産。怒涛の数年間。東京ラブストーリーを読むとその頃の空気感がよく出ています。

24時間働けますか?のリゲインのコマーシャルが流れている中での、肩肘張った働き方。

ヘアスタイルもメイクの色味もハッキリしてて、前に前に進んでいく雰囲気。

男女共に、自分に合うパートナーを見つけて結婚したいと思ってる人が、今の人たちより多かったように感じます。

怒涛の出産 そして専業主婦に

平成ひとケタ年。

平成5年に1人目、7年に2人目、9年に3人目を出産しました。

2人目を産んでからは仕事も辞めて専業主婦。夫の給料だけで、慎ましく生活していました。

仕事を辞めてなんかホッとしたのを覚えています。

時代の空気は癒し。私たちの世代は、ヘアスタイルもメイクもふんわりして優しい感じが主流に。リップグロスがたくさん発売されて、口紅べったりじゃなくてよくなったのが嬉しかった。

インターネットの恩恵

インターネットが始まり、ネットの世界の発展とともに歩めたのも面白かったです。

ネットのおかげで、専業主婦で育児中も息がつまらず、なんとかやってこられたのかなと思っています。

白魔女の館
新鮮な毎日を

↑当時から書いているブログ

持ち家

平成10年台。

平成11年、夫が家を買って、急に大黒柱感が出てきました。

庭が出来て、バラを植えて、さらに幸せになりました。

†蔓薔薇人形館† ガーデン
ローズガーデン&インドアガーデン

↑庭のブログ

庭いじりして、子供と遊んで毎日が過ぎて、楽しかったなぁ。幼稚園、小学校。

人形制作を始めて、仕事にできたらいいなぁと思い始めたのは平成15年頃かな?

パート勤務を始めて、子供の塾代などをその中から出し始めました。

パートと子育てと人形制作。

†蔓薔薇人形館†
rose'n'dolls

子供もだんだん大きくなってきて、教育費がかさみ始めました。

鬱発症 生きてるだけで精一杯

平成22年、正社員になろうとフルタイム勤務を始めたら、鬱になり、まさかの双極性障害の診断がつきました。しばらくは廃人のような生活をしていました。恐ろしいことに、当時の記憶はほとんどないのです。

ここ数年は、鬱もだんだんと回復してきて、波はありながらも、双極性障害との付き合い方もわかってきて、なんとか暮らせるようになってきました。

双極性障害ブログ
双極性障害当事者のリアル

私にとっての平成のメインイベントは子育てでした。

なんとか3人育て上げ(まだみんな子供だけど…….)ホッとしています。

次の元号は夫婦の時間

まだ1人学生がいますが、ほぼ子育ても終わり、数年後には夫も定年を迎えますので、次の元号は夫婦の時間になりそうです。

穏やかな老後をおくりたいと思います。

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プロフィール
この記事を書いた人
minoru

夫、娘、息子2人の5人暮らし。猫2匹、セキセイインコ6羽、オカメインコ1羽。
バラとセントポーリアを育てています。
無職(専業主婦ともいう?)

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